どうしてもブログを書きたかった

大学を休学して9ヶ月ほどになる。

私はそれまでの人生で社会のレールから外れたことは一度もなかった。
社会のレールに対する反発心は昔から抱いており、中学受験も大学受験も大学も内心やめたかったのだが、特にその気持ちを爆発させる機会もないままストレートに大学3年生まで駒を進めた。

去年の秋、様々な状況が重なって退学を決意した。
経緯に関しては今回は触れないが、気持ちを爆発させる機会がたまたま訪れたということだ。

結局退学ではなく休学することになり、とにかくそこで私は初めて社会のレールから外れた。
社会のレールというのは曖昧な表現だが、「22歳で4年制大学を卒業し就職する」という理想的な黄金コースを志す人間に囲まれて育ってきたため、私にとってはそれが"社会のレール"だった。

実際に社会の外れに身を置くのは、社会の真ん中とは全く別の世界観に放り込まれるような心地なのだと知った。

家庭、バイト先、サークル、友達、街、メディア。
どこにいるのもなんだか怖い。常に責められているような気がする。後ろめたさや気まずさを絶やせない。
雰囲気だけでなく、実際言葉の節々に"壁"や"断絶"を見いだせる。

私の身の回りで無意識に交わされている言語は、レールを外れていない人々の常識に根ざしたものなのだと、初めて気付いてショックを受けた。

そんなの、社会のレールに反発していただけの頃は全く気付けなかった。
例えば浪人して連絡が取れなくなってしまった友人の気持ち。想像して分かった気になっていたけれど、何一つ分かっちゃいなかった。

存在自体を認められていないような感じ。
居心地の悪さ。疎外感。孤独。
そういうものが常に纏わりついて、なかなか心が休まらなかった。

今まで見えなかったものが見える。
今まで聞こえなかった声が聞こえる。

そんな日々の中で、私は、社会の外れを楽しく生きる人たちを見つけた。

インターネットには、社会の要請を無視してうまくやっている人が意外と沢山いた。

ある人はニートを集めてシェアハウス。ある人は郊外に隠居。ある人は山で一人暮らし。山奥で共同生活。田舎に移住。海外に移住。キャンピングカーで津々浦々。会社を辞めた。農業を始めた。休学中。辛いけどなんとか生きている。

そんな人たちの生活・考え方を、Twitter・ブログを通していくらでも受信することが出来た。
似たような世界観を生きている人がどこかにいるのだと、毎日でも確認することが出来た。

それが私にとってどれだけの希望であったか。
どれだけ心を支えられたことか。

一人では押しつぶされそうな空気の中でも、同じような空気を吸っている誰かの声がどこからか聞こえてくれば、ふっと楽になる。

当時は無意識だったかもしれないが、そのようにして数ヶ月を過ごした今ならはっきり分かる。
私はインターネットに救われた。

そして考えるようになった。
今度は私も誰かを救いたい。

私もこちら側の気持ちが少し分かったから。まだ何も安定していないけれど、レールの外で自分なりに生きていきたくてもがいているから。色々あって辛いけれどインターネットをする程度の元気はあるから。
だから、インターネットを通して、私の経験、想い、毎日を世界に放てば、たまたまそれを目にした私と同じような要素を持つどこかの誰かを救えるかもしれない。

別に大げさな話ではない。
心を少しほっとさせたり束の間の楽しさを提供したり、そのくらいのことでも十分救いになる。
それが分かったから、私もそういうことをしたい。

ためになる高尚な文章を書けなくても良い。
自分と遠くないスタンスの人がどこかで生きているという実感を得られるだけで嬉しくて、知らないニートの人が朝ごはんを載せているのを見るだけでも救いになる。
それが分かったから、私もそういうことをしたい。

今まで通り救われているだけでも良いけれど、ひょっとしたら私にしか救えない人がいるかもしれないし、私が私自身を深めたり広げたりしていくためにも、私の生活を私の中だけで完結させるのはやめようと思った。

だからどうしてもブログを書きたかった。

何を書けるかは分からない。
大した記事は書けないかもしれない。
一行の日記しか書けない時もあるだろう。
それでもいいから、私が私として書けるもの、あるいは撮れるものを、雑に発信しまくろうと決めた。

そういうわけでブログをやっていく。
まあ、肩の力を抜いて、自分がだるくならない範囲で、長く続けられるブログに出来たら良いと思う。