どうしても大学をやめたかった

から、というだけの理由でもないが、大学をやめることにした。

大学3年次に下した決断は一旦「休学」という形で保留になり、9ヶ月経った今も私は現役休学生だ。

大学をやめたいという思いは、いっそ大学に入る前からあった。
まず大学に入るには大学受験が必要で、大学受験がとにかく嫌だった。

今振り返ってみると大学受験に費やした...6年間、中高6年間と言える、6年間は、一体なんだったのだろう。
費やすというほど勉強はしていないが、中高一貫の進学校だったこともあり、6年間大学受験への薄いプレッシャーに支配され続けていた。

勉強の内容がつまらん...もっと遊べる時期なのに...作業的な試験対策に何の意味が...という気持ちも有り余るほどあった。

でも一番嫌だったのは、受験日という一点の到達点に向かって自分の毎日が存在している、という感じ方を強制される心地だ。

今日は今日のために、明日は明日のためにあると、あの頃の自分はきっと知らなかった。
今日は6年後のために。今日は5年後のために。今日は3年後のために。今日は来年のために。今日は半年後、3ヶ月後、来月のために...

大学受験直前の年末年始を覚えているだろうか。
何か楽しいことがあっただろうか。

たまたま周りに大学受験をしない人間が一人もいなかった。たまたま両親が裕福で恵まれていた。だから私も大学受験を完遂した。

逃れられない苦痛の中、大学に行きさえすれば自由が手に入ると信じていた。
興味のある勉強だけして、興味のあるサークルに入って、好きなだけ遊べる。
学生起業なんてしちゃおうかしら。

受験生を励ます大学生のメッセージは大体そういうものだった。
とにかく大学は楽しくて良いぞ〜と。

当時の私はそれより仕事をしたいという思いを抱えながらも、楽しい大学生活を信じて校門をくぐった。
比較的チャラついた中堅大学の、文系の楽な学部だ。

最初は楽しかった。

講義は大変だけれど毎日遊んでハッピー。
変なサークルに騙されたりしたけれど面白い人たちのいるサークルに巡り会えてラッキー。

でもかつて描いていた理想の大学生活にあった「楽しい勉強」や「興味のあるサークル」や「学生起業」はそこには無くて、段々と歯車がずれていった。

あまりにもつまらないから講義をサボるようになり、成績がどんどん下落していった。
通勤電車が辛い。朝起きられなくなった。
優秀な友人達との距離を感じるようになった。
サークルも部活のような雰囲気で仕事をさせられる。
唯一の癒しはオタク活動だけれど、思ったより稼げない。

大学に受かったのはたまたまだけれど、何か明確な熱意があってこの学部を選んだはずだった。
でも期待していたような内容ではなかった。

大学生活の自由を渇望していただけで、大学に対する熱意は無かった。
入り口からしてずれていたのだ。

大学2年生の終盤に差し掛かると、「就活」というワードが飛び交うようになった。
既に就活対策の取り組みが始まっているらしかった。

私はそもそも起業するか〜というつもりで生きてきたなあなあな人間だから、完全に無視していた。

3年生になり、いよいよ就活に向けた説明会や講座が開かれるようになった。
全然志望していなかったけれどそこにしか採用されなかったがために入ったゼミも始まった。

友人に誘われるがまま、就活対策の講座に座っていた。
私は、顔を上げられなかった。話も聞いていなかった。
私はそこにいたくなかった。
私は違う。そんなことやりたくない。揃いのスーツを着て、記号として評価されて、何が就活だ。
面接日、あるいは入社式という一点の到達点に向かって自分の毎日を存在させてたまるか。

私は弱いくせに理想だけは高いから、負けだと思った概念に負けたくなかった。
起業などをしたい気持ちも大分薄れはしたが残っていた。

夏が過ぎ、秋になり、学園祭に向けた準備が始まった。
授業が前期より格段に忙しくなり、いくつもの課題を抱える毎日になった。朝も早かった。
ゼミの課題も本格化し、わけのわからない作業を必死にこなすようになった。

学園祭の準備というのが、自分の実力を遥かに超える難易度のとある創作物だった。
時間はそこそこあったのだが本格的なスタートを切るのが遅れて大変なことになってしまった。自己責任だ。
私はそれを任された団体を非常に気に入っていたため決して妥協したくなかった。(その人達のために本当はこのことを書くべきではないけれど、嘘は書けなかった)

以上を抱える生活は、万年怠け者だった私には大変な負荷のかかるものであった。

そんな中でも「就活」の足音は日に日に大音量になっていく。
大学でも家庭でもバイト先でも、足音は鳴り続ける。

私は、紆余曲折を経て、死を選ぼうとした。

正確な診断はしていないけれど軽度のうつ状態であったと思う。
精神と身体の異常を自覚していた。

自覚していたからこそ、自分が正気を失うのが怖かった。
やっぱり私は死にたくなかった。

ある夜、全てが辛過ぎて夜道で泣き出してしまい、そのままベンチに座り込み、はっきりと思いついた。

退学しよう。

学園祭が終わったら退学して、東日本を抜け出して大阪あたりに移住しよう。
そうしたらもう就活の流れに流されない。
だから学園祭まで生きろ。
授業はもう全部出なくていいから学園祭の創作物をやり遂げよう。

それだけを希望に、私は生き延び、やり遂げた。

私は、どうしても大学をやめたかった