Key作品の感想など

『anemoi』を終えて※ネタバレ感想

『anemoi』をクリアしてからピザチーズのように伸び続けている。たまに外に出ては風を感じて切なくなり、また部屋で伸びる。真澄町での長い旅が終わった喪失感は本当の旅行から帰ってきた時のようで、思い出に浸りつつどっと疲れてもいる。▶︎「スローライフ」の謳い文句を真に受けてGWの旅行代わりに読み切った『anemoi』、やっぱり旅行どころではなく人生あるいは宇宙を何周もしたような濃密すぎるゲーム体験で、こんなのGWに駆け抜けちゃ普通の人間はパンクする。現実の時間とゲームで過ごす時間の密度が違いすぎて今時差ボケを起こしている気がする。▶︎「時間」は、ときに死を凌駕する残酷な檻だとまざまざと突き付けられる物語だった。帰りを待ち続けた麦の生涯、人で在り続けたスピカの70万年、幼い足で歩み続けた穂乃夏の旅路、その果てに願いが叶ったのは、たったひととき。▶︎三人が何を代償にしてでも叶えたかったそのひとときで、三人の全ての時間は報われたのかもしれない。それに三人は決して孤独ではなくずっと風で繋がっていた。でもハタから見守った彼らの人生は、ハッピーエンドとして受け取るには辛すぎた。▶︎発言と心の声がまるで違っていたツンデレのスピカが、心の中で嫌だと泣き叫びながら使命に身を投じてしまったあの時。麦のいる真澄町を愛してしまった、旅を終え帰る家を得てしまった、守るべき子を生んでしまったのはスピカにとって本当にいいことだったのか。▶︎何故スピカが犠牲にならなければいけなかったのか。速川家が何をしたというのか。普通の幸せを願っただけの彼女たちが何を。▶︎災厄は何の因果もなく唐突にただ来る。・・・いや、星が壊れているのは人類のせいではないのか?風の一族が身を挺して護る義理があるのか。▶︎それでも、河瀬、文弥、健、町長、塁、助けてくれた大人たち、子供たち、真澄町の一人一人を、動物たちを、広美を、穂乃夏を、麦を、救える力がありながら見殺しにすることはスピカにできるはずがなかった。▶︎玖琉未の嘆いた通り、人類は自分よりも愛する者を救おうとするどうしようもない愛の生き物なのか。麦はスピカに愛を与えてしまった。だからスピカは人になってしまった。それは祝福だったはずだ。おとーさんもおかーさんも言祝いでくれたはずだ。▶︎でも、だけど、それでも、何で・・・今になって全然飲み込めそうにない。愛から目を背け、運命から逃げたって良かったじゃないか。▶︎だけど、私が見せられたあらゆる泡宇宙で、愛に嘘をつかない生き様が強く肯定されていたじゃないか。受け入れて進む強さを目の当たりにしたじゃないか。愛乃と飛んだ空、陽彩に捧げた告白、小詠に届けられた手紙、六花と歩いた旅路も通学路も、全部覚えてる。▶︎つづらも、文弥さんも、健さんも、過去を胸にしまって今を生きている。スピカたちほどのスケールでなくても人それぞれ背負うものがあって、被災後の世界に投げ出された河瀬も塁も未来へ向かって生きている。▶︎その全てを、愛の全てを、未来の全てを、破滅から救えるのなら。後戻りできない永劫の戦いの彼方から、愛が自分を照らし続けてくれるのなら。▶︎スピカ、あなたが救った真澄町に、あなたの残した愛は、風は、命は、ピザは、生き続けたよ。だけどスピカ、あなたはどんな思いをしながらそこにい続けたの。27年に一度届く文字をどれだけの想いで受け取っていたの。やっぱりそれを思うと胸が締め付けられて今夜もよく眠れないよ。▶︎いつまで経ってもこの物語の過酷さに納得しきることは出来ないだろう。現実の全ての災害に対して納得があり得ないように。一方でほんの少し、この風吹く惑星と人類に対する愛を彼らに授けられた気がする。▶︎ピザチーズのようにうだうだ伸び切っている今も、この町に風が吹き抜ける。もしかしたら誰かの草笛で嵐になりそびれのたかもしれない穏やかな風が。

ヘブバン[第五章後編]感想

ヘブンバーンズレッド第五章後編『追憶の乙女と新たな契約』雑感
※ネタバレ注意

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

 

 

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

 

 

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

 

 

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

 

 

時間が経つほど悲しみが押し寄せてくる。

づかっちゃん、ななみん、月歌、ユイナ先輩・・・。

数ヶ月ぶりのメインストーリーで久々にヘブバンの過酷さに晒されてしんどい。

 

手塚が二度目の人生に納得し、月歌達に全てを託して戦いを全う出来たことは決して悲劇ではなくハッピーエンドなのかもしれない。

でもななみんの気持ちを思うと・・・。

 

もし月歌が手塚の運命を知っていたら「何とかできないの!?」と必死で道を模索しようとしただろう。自分も読みながらずっと運命が変わるラストを諦めきれなかった。

ななみんも心の底ではそうしたかっただろうし、胸の内はあさみんのように悲しみで一杯だったかもしれない。それでも手塚に託されたセラフ部隊のため、人類のため、覚悟を決めて司令官職に身を捧げる姿が健気で、気高くて、哀しくて・・・。

ななみん、どんな気持ちで迎えに来たの。これからどんな気持ちで司令官室にいるの。

 

ずっと泣き出しそうな目で最期の日々を見守っていたあさみんも、どんな顔で葬儀の場にいたんだろう。
救いがあるとすれば、手塚のことを覚えているななみんとあさみんが支え合って、手塚の意志を継いだ茅森達を指揮していけることだけだ。

悲惨な戦禍で最終的に人格を支えるのは仲間の存在だと、ヘブバンを読んでいると何度も何度も思い知らされる。

 

***

 

事故でバスケ人生を閉ざされた手塚が元の身体状態で第二の人生を送れたことは、手塚という魂にとって救いだったのか?と、ヒト・ナービィ化計画の意外な側面が示唆されたのが興味深かった。

手塚は散々だった生を、人格は散々なままだろうと生き直して、最後には大切なことを見つけられた。

自分の正体を知る隊員が増える中で、これが第二の人生だと知ることがむしろ救いになる者もいるのだろうかと初めて思った。

 

「生き直し」は第五章あるいはヘブバンそのものを貫くテーマかもしれない。

ジャンヌはユイナとして生き直し、ユイナはジャンヌとして生き直すことで自らを立て直した。山脇は一度兵士の記憶を失い人として生き直した。可憐はもう一度可憐とカレンの狭間を、月歌はもう一度月歌とぽむぽむの狭間を生き直した。めぐみん習志野ドームで一から生き直した。

皆そうすることでしか、戦いに立ち向かえる強い自分を立て直せなかった。

 

手塚の話はどこかシナリオを書く麻枝さん自身を彷彿とさせるものでもある。成功率の低い手術から奇跡の生還を遂げて過酷なリハビリを経た麻枝さんが、そのある種"新たな生"で紡いでいる物語こそがヘブバンなのだから。


***

 
「高次元」の存在に大きく踏み込んできたのにも興奮した。これまでも蔵が登場したりハイヤーセルフや不思議な水着や時間遡行など色々あったものの、それホンマにホンマなんや!とやっと分かった。蔵は本当にそこにいたんだ。

ユイナも月城も月歌も本当に蔵と通じ合えていたのだと思うと嬉しい反面、高次元の存在としてロスト・ナービィに囚われながら孤独に存在し続けることを思うと蔵にも手塚にも蒼井にも救いがなさすぎる。

 

とはいえ、セラフとは何なのかキャンサーとは何なのか、高次元を軸とする真相がまだまだ眠っていると思うと楽しみで仕方ない。

このあたりのSF的質感は『三体』チックで、麻枝さんの影響で『三体』ファンになった自分には嬉しい。

 

***


今回、明確に悲しい予感に向かって突き進んでいく構成が独特で、進行形の「思い出」を見ているような感慨が常にあった。

それでも運命を変えられるのが「物語」だろう、と少しだけ油断しているところに、戦争はそうではないと非情に突き付けられるのがヘブバンの恐さ。

現実のジャンヌ・ダルクは救われなかったのだから、ゲームのジャンヌも救われず終わる。この戦いはゲームじゃない現実だから。

 

一日の中で行軍や特訓の日課が繰り返されて少しずつ進んでいくのが、人生はダイジェストではなく一日一日なのだと今まで以上に思い知らされる感覚があって、だからこそ死に向かう一日一日がリアルに恐ろしかった。

この厳しすぎる物語をなんとか楽しく読み通せるように、エロゲばりのお色気や天啓のギャグ、はっちゃけた可憐の暴走なんかを盛り込んでくれたのかなと終わってみると思う。プレイ中は普通に深夜に書いたのかと思ったけど。

 

***

 

ジャンヌパートは本当に天啓なしには読めない辛さだったけども、途中でジャンヌ・ダルクの歴史を調べたら細かい要素まで拾われているのが分かって大河ドラマ的な面白さを味わえた。でもあいつら全員許さねえ。

 

手塚の過去はKeyの真骨頂であるひりついたリアリティーに満ちていて苦しかった。いじめ野郎とご都合インタビュアー許さねえ。手塚がバスケという生を求め続けて奇跡を起こせたのは本当にあっぱれで泣いた。

 

そして新たな自己を確立したユイナ先輩が手塚のために月歌を鍛え直し、みゃーさんが覚悟を決めてそれに追随する展開、凄かった・・・。部隊を超えて仲間を引き上げ合う、これぞヘブバン。

 

***


ラストバトルが相当厳しかったのも説得力を増幅させてくれたと思う。

この約1年間貫通クリティカルに頼り切って鍛錬が偏っていたのが仇になるとはなんというゲームバランス。

数時間粘っても突破できず、31A縛りも崩してやっとのことでクリアできた感覚はかつての第三章フラットハンドのようで、殉職者が出るほどの戦いはこういうものだと思い出させられた。

 

臨場感でいえば個人的にはDAY2あたりで、行軍の休憩中に皆がスモアを作り出した時たまたま家に材料が揃っており一緒にスモアを作って食べられたのが思い出深い。糖分補給でスッキリしてまた戦いに出発する感覚をそのまま味わえたのが嬉しかった。

 

***


どうなってしまうのか不安に思いながらDAY10まで進んできて、 きっと月歌は複数セラフ召喚に成功するだろうと信じてはいたけど、いざその時が来て月歌がシークレットコードを唱え凄まじい数のセラフで手塚を護った瞬間涙が止まらなかった。あのセラフ召喚のアニメーションの威力が凄かった。

 

第二の生を閉じていく手塚に手向けられる、他の誰でもないななみんのお疲れ様でしたの声にまた号泣。

最後の最後でお互い好きだったって、楽しかったってちゃんと話し合えて、お互いに必要不可欠だったお互いの生を認め合えて本当に良かったね。

そして契約を・・・・・・

すっかり忘れていたサブタイトルを見てまた泣いた。

もう何もかも二人の歌にしか聴こえない。

 

月歌がづかっちゃんのメッセージに子供のように泣くのが樋口の前というのがまた良かった。

 

***

 

現実に放り出されて、もう手塚はいないのに自分は生きていかなきゃいけないのかと心が沈んだ。

自らの肉体で平和な地域を生きていようと、この現実世界は彼女達の世界以上に非情なもので。

自分と仲間を逃げずに見つめて苦難を突破していく彼女達の歩みに、少しでも響き合うことが出来るんだろうか。


それにしても、いよいよ九州にリーチして最終章が近いのかと思った矢先に癖強新キャラコンビの予告、ありえない。どこの誰たち。

今は喪に服しながらも、第六章に向けてまたヘブバンでも現実でも鍛錬を積まねばと思う。

 

壮大な第五章を創り上げてくださった皆さんに感謝を。ヘブバンとセラフ部隊の未来に祈りを。

我らを率いてきてくれた手塚咲さんに、どうか安らかな高次元ライフを。

ヘブバン[第五章中編]感想

ヘブンバーンズレッド第五章中編『世界の終わりと白の呪文』Part1・2備忘録
※ネタバレ注意

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

つかさっち。

ブリアン。

山脇様。

かれりん。

カレンちゃん。

 

あなた達が生きる、私も生きているこの残酷な生という現実。

食うか食われるか命の奪い合い、奪わなければたちまち生きていけなくなるだけ。

あなた達は命をキャンサーの前に晒し、薄氷を踏むような戦いをずっと続けてきた。

私はそれをゲームとして眺めてきただけ。本当にそれがどういうことか今も実感なんてしていない。

誰かが捌いてパックして調理した肉を、戦争のニュースを見ながら食べるだけ。

戦場に立つことがどれだけの恐怖か、どれだけの覚悟か要るのかも分からない。

きっとあなた達も分からなかった。でも分かるしかなかった。分かることを選んだ。

今、私にも少しだけそれが想像できる。私の世界では覆い隠されている過酷。その痛み。

カレンちゃん、あなたはいつか消え去る日のために可憐ちゃんを守ってきたんだね。ずっと日陰で汚れを引き受け、殺戮の前線に立ち続け、終わらない地獄を苛烈に生き抜いてきた。

恐ろしい裏人格のあなたもいつしか部隊に欠かせない一人になっていて、気高い美学で色葉を鼓舞し、つかさと渡り合い、時々顔を出しては月歌たちと遊び、カフェテリアのステージでシャウトを繰り出した。

可憐ちゃんに試練を課す中、31Aの一員として生活し行軍するあなたは確かに楽しそうだった。ピアノと格闘するあなたはイキイキしていた。

カレンちゃんが得られなかった眩しい青春を最後に得て、あなたの大好きだった仲間との戦いを可憐ちゃんに託した。 全ては可憐ちゃんが生殺与奪の現実を生きていけるように、ただ黙ってサイコキラーに撤して。

そうしてあなたは消えていった。最後まで気高く。未完の曲を残して。

覚醒したままつかさがたった一人生きなければならなかったカウントダウンの日々。

Xデーに向け過酷を極める戦況の中、あなたにしか成し得ない計算と洞察で31Aとセラフ部隊を何度も何度も導いてくれた。

そこには頭脳で協力し合えたユッキー、樋口、三郷たちもいて。遥か遠くから祈りを託してくれたであろうお母さんがいて。 おバカでめちゃくちゃだけれど失いたくない仲間がいて。

そして「カレンちゃん」を乗り越えた朝倉の格闘の日々をあなたは側で支えていたから、背中を預けられると信じたんでしょう。

痛みの中で無理矢理覚醒してでも戻りたかった場所。あなたはそこで、諜報員の自分も今の自分も含めた東城つかさとして在り続ける。

何もかも忘れて真っさらな少女に戻った山脇様。訳の分からない名前の人達が訳の分からない世界の話をして、無理矢理参加させられたサバイバル。

当初のあなたは揺らぐ世界を疑うことしかできない非力な迷子だった。あなたの記憶する世界は私達と同じで、血の覆い隠された世界のはずだった。命のやり取りなんて知る由もなかった。

それでも生きる必要があなたを追い立てて、本来の強さと、仲間に学びゼロから勝ち得ていった強さが混ざり合い、命を糧に生き延びる世界を自分のものにした。

ギアラが、砂肝が、プリンが、すし政が、コジロうが、あなたを導きあなたに導かれていた。あなたに光を見たギアラは命懸けであなたの命を繋いだ。

記憶を取り戻しても、もう今までの自分には戻れない。今まで知っていた世界には戻れない。命を奪ってきた、命を奪われた、これからもそれが続く世界で戦わなければならない。

だからあなたは、力に恵まれながら臥したままの朝倉が許せなかったんでしょう。森での命のやり取りのように朝倉の本能を叩き起こすしかなかった。

可憐は月歌の喪失に耐え切れないほど弱かった。5人と違って戦いの中で成長を味わったこともなく、カレンちゃんが生まれたあの日と地続きの弱さを生きてきた。

そこは少し引っかかってはいた。 敵を切り刻んでいるのはカレンちゃん。いつも置き去りの可憐。

なのに主人格として31Aの仲間でいられた可憐をカレンちゃんがどんな風に見ていたか。あの日、今日まで、カレンちゃんはどんな世界を生きてきたか。それを直視しなければ可憐が一人で生きていくことはできない。

カレンちゃんが生まれた理由をつかさの知恵を借りて紐解いていく。教室という箱庭にどんな力が働いていたのか、無数の「あの時」どうしていればよかったか、向き合って答えを出していく。

そうして全てを解き明かしても、カレンちゃんが見てきた血塗れの光景に心を壊されてしまった。それほどまでにカレンちゃんの地獄は深く、可憐には本来乗り越えようのない試練だった。

幻視に苦しむ可憐に近付けなかった31Aをよそに、猪突猛進で切り込んだのはかつて31Aに敗北した山脇だった。山脇の激怒と本気の殺意を全身で受けて、カレンちゃんのバトンがついに可憐に繋がった。

進むことを初めて自分で選んだ時、可憐の力とセラフは応えてくれた。山脇が認めてくれた、つかさが信じてくれた朝倉可憐として戦う覚悟ができた。

そしてあなたは孤独なつかさの戦いを支え、全滅寸前の31Aを救った。

いつかこの日が来るだろうと思っていたけれど、あなたはこれ以上にない強さを以てカレンちゃんとの別れを選んだ。

ブラックホールに吸い込まれていく教室。カレンちゃんはオールトの雲くらい遠く遠く、もう決して会えない場所へ。

カレンちゃんが守り抜いたあなたの魂を、あなたが自分の強さで支えていく番だ。

ヘブバンはバーチャルなゲームでありながらリアルな生の実感を学ばせてくれる物語だと思う。

勝浦ドームの人々が出てきた時は習志野ドームの再演かと思ったけれど、キャンサーの記憶さえないかつての現代っ子に狩猟の厳しさを叩き込むという全く新しい試練が待っていた。

初めてイノシシを撃ち殺した時、トドメを躊躇するブリアンに共感してしまったけれど、今までもこうして命を奪って食べてきただろと諭すギアラの言葉にブリアンと共にハッとさせられた。気付かないようパッケージングされているだけで、何千何万という動物・植物の命を奪っていただくことで今日まで生きてきたのだった。

イノシシの親を殺ったら子供も殺してあげなければならない、罠にかけたら殺られる前に殺らなければならない、奪わなければ生きていけない。スーパーも精肉店もなくなった世界で、自分たちのビタミンBを確保するため必死で戦ってきたギアラ達の教えはワッキーの中に生き続けるし私も忘れたくない。

 

朝倉可憐が生きた「教室」という閉鎖環境もまた過酷なサバイバルで、可憐はその歪みの被害者だった。集団やホモソーシャルがどういったメカニズムで歪んでいくのか、丁寧な解明を自分で考察して埋めていくプレイ形式がとても勉強になって良かった。

カレンという別人格の誕生に迫ることはトラウマの再演に他ならず、実際の精神療法にもそういう部分があるようだった。別人格が登場せずとも生きていけると納得した時人格は統合される。

色葉、めぐみ、タマ、樋口、月歌、ユッキー、各々が確固たるアイデンティティを掴んで立ち上がる様を見てきたけれど、精神が分離した可憐にとってはカレンと別れることが必須だった。弱さを振り切り、別離の痛みを受け止めて見送った可憐ちゃんは立派だった。

 

諜報員を語り手とした『三体』を彷彿とさせるSF仕立てのストーリーもワクワクした。

竜巻に閉じ込められたり隕石が向かってきたり、むちゃくちゃな状況でも大胆かつ緻密に立案して遂行できる覚醒つかさっちは司令官になった方が良いレベルの有能だった。

突き刺さった痛みを堪えて仲間の元へ立ち上がる、その時浮かぶのはバカな思い出たちで。それがつかさっちの強さとなっていたことにほっとした。

 

避難していく習志野ドームの面々が映ってルミがカトエリ大丈夫だよねと呟いた瞬間泣いてしまった。やっぱり習志野ドームが大好きで、めぐみんが今もドーム住民への被害を真っ先に心配する気持ちが痛いほど分かる。

遺された砂肝たちもドームに戻って生きていかねばならない。その日々を守るためにもワッキーは戦う。記憶の齟齬に思い至れているのならそれは険しい道になるけれど、帰還を待っていた豊後やマリー達と共に山脇様は揺らがず進むだろう。

 

なかなか好きだったのはワッキーが行方不明だと知った月歌が一人で歩いてポポタンでレモネードを啜る場面。いつも月歌が過ごしている時間とは違う、混乱する心が少し落ち着いていく一人の時間。自分にもあるそんな記憶が呼び覚まされて、辛い場面だけれど豊かさを感じた。

夢の中に現れてあっけらかんと励ます蔵っち。ここで月歌に寄り添うのがあなたなのかと意表を突かれて泣きそうになった。本当にああいう形でいてくれているのかもしれないと思わされる。

 

一番興奮したのはなんといってもあのアイコンを見た瞬間、あの画面を見た瞬間。今までもゲームシステムを演出に組み込むのが上手かったヘブバンが流石に予想できない超弩級のサプライズをくれて叫びそうだった。

ヘブバンライブで先行披露されていた『オールトの雲』がかかるタイミングも予想外で完璧な破壊力をもたらしてくれた。あの戦闘でついに流れるあの曲も凄まじかったし、あのシーンに流れるあの曲は麻枝演出の真骨頂だった。

予告もあまりに予想外でヘブバンがどこまで行ってしまうのか全く分からない。最高を更新し続けるゲーム体験は切実な生き甲斐になっている。

彼女達の生き様をバーチャルでの体験として置き去りにすることなく、自分の血肉にして世界を更新していきたい。

 

私が信じたヘブバンは、麻枝 准は今全盛期を走り続けている。その果てしない道筋に人類として追随できることを誇りに思う。どうか皆さん健康に平和に物語を紡ぎ続けられますように。

ヘブバン[第五章前編]感想

ヘブンバーンズレッド第五章前編『魂の仕組みと幾億光年の旅』備忘録
※ネタバレ注意

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓


「何故死なないのか」こそが「何故生きるのか」であり、その理由は一人一人が「この私」に問うしかない。
「この私」を見つけた樋口の生きたいという意志がバトンとなってユキに繋がり、ユキの呼吸が月歌の息を吹き返した。

そもそも「この私」はオリジナルではないのに何故戦うのか、31Aと色葉が個々に突き詰めたのが第四章だった。一方で樋口は最初からアイデンティティの保持を前提に二度目の樋口聖華を生き始めたイレギュラーな存在だった。
とはいえ樋口は自死の代償に、美味しいものを喜ぶような豊かな感情を失ったという。研究には没頭しても何が楽しくて生きているのか、いちごがいくら掘ろうとしてもそこには何もなかった。

樋口はたった一人、何も知らずに「人間」として生きる仲間の中で、生の喜びを忘れ、ただ死と向き合って過ごしてきた。素朴に生を肯定するあいつらとは違う自分を生きてきた。
彼女ほどのバックボーンがなくとも、幸せそうな「あいつら」との境界線を引いて生を呪う人間は物語の外の現代には当然のように溢れ、私もまたその一人だ。

そんな樋口に突然二度目の死が迫り、樋口聖華ではなくなる次の生をリアルに想定した時、初めて樋口は「この私」である樋口聖華を見つけた。死の研究も、「あいつら」を見下す精神も何もかも忘れて幸せを謳歌する人間に生まれ変わってしまうことを拒んだ。樋口聖華として31Bのバカな連中を馬鹿にする時間を楽しんでいた自分に気付いた。蒼井の名すら出てきて涙腺が壊れた。

見下していたいから死なない。あいつらのように生を単純に肯定できない「この私」でありたいから生きたい。他の誰でもない、樋口聖華は生きたい。
屈折した、けれども強烈なその願いは自死を止める他のどんな理屈よりもストンと沁みてきて、物語に対する涙を超えて現実の自分の涙が止まらない感覚があった。生きることをそんな風に肯定することが出来ると私もまた初めて気付いた。

樋口以外の隊員も皆が健康な精神を生きているわけではなく、一人一人に苛烈な記憶があり、伊達にせよ小笠原にせよシャロにせよ、死と近接した上で今の生がある。

ユキは、自分を二度現実に繋いでくれた月歌を失った時、アイデンティティの崩壊を超えて生きる拠り所そのものを失った。
生気のない足取りで思い出の場所を彷徨うユキを見ていて心が千切れそうだった。絶望の底でいっそ知性を失おうとするのは当然に思えた。でもそんなのってないよ、と無責任にも感じた瞬間、今のユキに対して無責任ではない言葉を掛けられる唯一の人物であろう樋口が止めに来てくれた。

自死の因果応報で、次の生では豊かな感情が死ぬ。突拍子もない話だけれど、実際に経験している樋口だけが語れる魂の仕組みだ。
月歌がもういなくても、月歌を想う気持ちだけは忘れたくない。月歌を好きになった自分のままでありたい。それがユキの見つけた死なない理由、失いたくない「この私」だった。
そして結果的に、ユキが前を向いたことで月歌との生が取り返される。

一方の月歌は、ユキたち仲間と戦うことに重心を置いてアイデンティティの問題を乗り越えていたけれど、戦いに身を投じる以前に茅森月歌として生きてきたのも「この私」ではないかと知ってしまった。
ならば「この私」が生きてきた過去も肯定できるのか、記憶を辿って確かめねばならなかった。

月歌にとって自らの生を肯定することは、母からの肯定を必須とした。
ひたすら母のために歌ってきた自分は母の本当の娘ではなかった。それを母は許してくれるのか。許されなかったから母は死んだんじゃないか。
精神世界で母と会う度につい「どうして死んじゃったの?」と問いかけてしまう月歌は、いくら思い出を集めても不安で、自分という存在の足場を再び失っていくようだった。だから自分の消失を厭わず本物の月歌を救おうともがくことができたのかもしれない。

結局精神世界は可変の過去ではなく、本物の月歌が辿った運命には干渉出来なかった。その上、地球に来たナービィの悲劇の端緒は自分であると知ってしまった。
自分が茅森家に出会ったこと、月歌の代わりに生きて歌ったこと、仲間と戦ってきたこと、その全てを否定されたも同然だった。セラフも一刀しか呼べなくなり、死の淵にまで追い詰められた。

けれど、それでも、何もかも上手くいかなくても、あの世界で母が梳かしてくれたのは紛れもなくこの自分の髪だった。掃除機を掛けながら母が何度も迎え入れてくれたのはこの自分だった。その時間はこの世界に残っていた。
最後の邂逅と決めて、ずっと懺悔したかったことを伝えられた時、茅森月歌のコピーとして母と生きた自分を感謝の言葉で肯定された時、ようやく月歌は「この私」を認められた。時の中をもがいてもがいてようやく勝ち得た結末に嗚咽が止まらなかった。

月歌の死によって失われるかもしれなかったその結末を守ったのは、生きて月歌に息を吹き込んだユキと、月歌に集まった全セラフ部隊員の祈りだった。
誰に対しても気さくにあだ名で呼んで話しかけ、仲間のピンチは司令を無視してでも助け、誰かが悩んでいたら適切な距離感でアシストし、斬り込み隊の隊長として希望を示し、She is Legendの歌でドーム住民にまで活力を届ける今の月歌に誰もが救われ、皆月歌が大好きだった。

私だってそうだった。月歌救出作戦はプレイヤーの自分も含めた全員の切迫感と本気度がいつもと数段違った。キャンサーとの戦いがこんなにも怖かったのは初めてだ。
だからこそ、月歌の目が開いた瞬間心の底から歓喜が溢れてきて、ほっとして全身の力が抜け、清々しい気持ちの中で温かな涙が溢れた。蒼井を喪った、蔵を喪った、だけど今、月歌を喪わなかった。私は、ユキは、全セラフ部隊員は。

月歌は今の月歌として母に愛されていた。そしてユキが愛しているのは今の月歌で、めぐみもタマもつかさも可憐も他部隊員たちも司令官もななみんもどれだけ月歌を想っているか、これからの日々で月歌の心にもっともっと染み込んでいくよう願う。
月歌の隣を取り戻したユキにも幸あれ。結婚なんて関係をとうに超えた二人に祝福を。

第五章前編はひとまずこんな風に受け止めた。
ある意味、彼女たちが人間ではないからこそより一層人の生を追求する(AI研究が心理学を進めるように)物語を多角的に、深く鋭く進めていて凄まじい。
樋口がセラフ研究員であることがまさかそんな風に繋がるとは予想外だったし、ずっと心配だった31Bがようやく新たな出発を切れて安心した。精神世界で過去を辿る描写はKeyらしい雰囲気に満ちつつ、ミステリ要素もあってドキドキしながら進めた。蔵のために過去を辿った経験を幽かに覚えているユイナ先輩が月歌に助言する展開がまた泣ける。

帯電する関西へ戦いに赴き、パワースポットでめぐみんのサイキックを貯め、屋上で精神世界へダイブする。そんな日々のルーティンを繰り返してそれぞれの課題が進行してきた中、突如予想外の悲劇に殴られて最初は理解が追いつかなかった。
月歌ユキの別離はいつか描かれると思ってはいたけれど今だなんて思わなかった。憔悴するユッキーは本当に見ていられなかった。どうして自分なんかに構ってくれたんだという悲痛な本音に、そんな風に思っていたんだと胸が締め付けられた。

セラフ部隊全力の総力戦(ゲームとしても凄く大変だった)とユッキーの果敢な愛で月歌は救われたけれど、これは都合のいい物語ではなくて、突然命の危機に晒されることも奇跡の生還を遂げることも十分現実に起こる。
樋口が生を願い、ユッキーが生を選び、月歌が生かされたけれど、そもそも彼女たちの生は、エンドロールの先頭に名を刻む麻枝 准自身が大病から奇跡の生還を遂げたところから始まっている。
それに気付いた時、受け止め方が変わってくる。これは今の麻枝さんにしか書けない物語だ。

長いエンドロールを見届け、第五章中編の予告にトドメの衝撃を食らった。いつか来るとは思っていた可憐とカレンの話をいよいよ受け止めねばならないのか。朝倉推しとしては怖さと楽しみが半々だ。
思えば確かに月歌が離脱してからずっとカレンちゃんで、つかさもずっと覚醒していた。半ば漫才化していたあの二人が月歌ユキ緊急時の31Aにおいてあんなにも頼りになるとは・・・。

それにしても次はまさかの「中編」。改めて、これだけのボリュームと密度のゲームを作り続けられるヘブバン制作陣の本気に驚かされた。習志野ドームも今回の精神世界も、一人のために一つの世界を用意する気概がまず凄い。感情をより克明に喚び起こす楽曲の数々と、没入感を最高に煽るキャンサー戦の組み立て、ここぞという場面のイラストとアニメーション、全てが一体となって心を掴んでくる。ちょっと凄すぎて心配になるくらいだけど、関係者皆様なるべく健康に作れる環境であってほしい。本当にいつもありがとうございます。

ヘブバンを愛してきて良かった。麻枝 准を好きになり、ヘブバンに出会えた「この私」として生き続け、いつかこの物語を見届けたい。

原点回帰としての第四章後編

ヘブバン第四章後編についてふと思ったこと。(ネタバレ有)

麻枝さんはティーンの物語を描きつつ彼らに関わる大人を描くのが抜群に上手い作家で、初期作では家庭や町の大人との関わりが作品の肝であり旨みになっていたけど、リトルバスターズ!以降は大人のいない学園で物語が完結し、大人との対話で得られない変化は学園からの逃避を経て成されることが多かったと思う。

ヘブバンは基地に大人の影がほぼないリトバス型の世界観で今のところ描かれている。その内部で解決できないほどの痛みに直面したら逃避が必要になるけど、子供だけで閉じこもれる場所が戦時の基地の外にはない。

それで、第四章において自身の根幹を折られた彼女は単に基地=リトバス以降の学園の外の世界ではなく、大人のいる町=AIRCLANNAD的世界にまで回帰し逃げ込まなければならなかった。そこで老若男女の家族や住民と対話することが必要だった。

更にCLANNAD/智代アフターが成したように、大人と対話するだけでなく自分が大人の立場として子供と対話する必要もあった。そうやって過ごす一日一日は彼女の視座を大きく変えることになったし、大人たちそのものがやはりすごく魅力的だった。

麻枝さんのいちファンとして、第四章後編が原点回帰の感触で涙腺にクリティカルヒットしたのはその部分が大きいと思う。

彼女の物語を解決不能としたり基地内でなんとなく解決したりせず、解決できる世界の方を自身の原点から彼女のためだけに持ってくる麻枝さん、そんなこと普通思いつかないし愛情が深すぎる。

そして彼女の生き様はある意味、大病から生還してヘブバンで世を救っている麻枝さん自身にも通ずるような光を纏っている。

ヘブバン[第四章後編]感想

ヘブンバーンズレッド第四章後編『凍てつく息吹と爆ぜる感情』備忘録

※ネタバレ

 

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

自分の全てが他者のコピーと知って、救世主たる力がないと知って、戦う心を折られてしまっためぐみの物語はそこで終わりなのか。人類を救うセラフ部隊の、茅森の戦譚から弾き出されてしまうのか。

第四章前編の幕引きがあまりに衝撃で、このままめぐみはこの物語から、あるいは読者の自分がめぐみの物語から断絶されてしまうのだろうかと恐れた。断章でタマたちは信じて待つ態勢に入っていたけど、どう考えてもそう簡単に覆せる決断ではなかったし、めぐみを戦地に引き戻して戦わせるのは酷でしかないように思えた。

あれから9ヶ月、断章から半年以上、ヘブバンに触れたり触れなかったりしながら送る日常の中で、アイデンティティの根幹が奪われることについてふとした瞬間に意識しながら過ごし続けていた気がする。めぐみの想いに寄り添うほど、茅森達が仲間を拠り所に前を向けた意味も分からなくなっていた。

後編が来ると聞いてもその帰結に何が待っているのか分からなかった。何をしたってどうにもならないものはある。どうにもできない現実を描いてきたのがまさに麻枝准という作家である。それでも、「その先」の生き様を逃げずに真っ向から照らしてきたのも麻枝シナリオだった。

4月28日。意を決して第四章後編を開始すると、独りでバスに揺られるめぐみの姿が映った。あの別れの先のめぐみを初めて、こちら側としては9ヶ月ぶりに見た。それだけで心が激しく揺れる。

茅森のプロローグを挟んで逢川sideに切り替わった瞬間のやってくれた!!感は忘れられない。一本軸から弾き出されるのなら軸を二本にしてしまえばいいのか。めぐみは本当に帰って来るかもしれない、だとしたらここからどんな日々が待っているのか。

刑務所のような施設でドーム生活への適応準備をしていためぐみの独白は嫌に質感がリアルでヒリヒリした。現実世界でも心が壊れる前に逃げることは基本的な生存戦略だけど、逃れてハッピーエンドではなくその後もその後で面倒な膨大な人生が待っている。めぐみは自らの偽りの記憶を更に偽って生き続けなければならない。

習志野ドームに来たばかりのめぐみの戸惑いはプレイヤーの自分共々感じるものだった。ずっと基地の中で過ごしてきて、ドームのことは司令官から伝え聞く情報しか知らず、市井の人々が実際どんな暮らしをしているか想像出来ていなかったし、それは物語の外の話としてこれからも区切られ続けると思っていた。(個人的には本当にドーム状の建物で避難生活のように暮らしているのかと思い込んでいた)

戦争で物資もエネルギーも枯渇し、それこそ現実世界の日本の戦後、あるいは戦前のような生活様式にまで戻って、習志野ドームに関しては電力不足のギリギリの水準で暮らしている。

後で分かることだが温暖化も進んでいるようで、仮に今から29年後とすると2052年の地球環境というところだろうか。現実世界において環境問題を本当に食い止めるには生活様式を相当昔のものに戻す必要がある(が誰もそうはしない)だろうが、それは戦争という外圧でようやく達成できてしまうものなのかと複雑な気持ちになる。

毎日カフェテリアの豪華な食事を食べ、洋服店にゲーセンに映画館まで揃った基地内で手厚く英気を養わされていためぐみには想像を絶する現実だっただろう。めぐみが元々生きていた時代の記憶と照らし合わせても、あらゆることが諦められた後の暮らしとして映るはずだ。

めぐみが逃げたその先というのは、セラフ部隊員として厚遇されていたあの基地の外の世界であり、実感の伴わないまま守っていた人間の営みそのものだった。何度も「なんか、すまん」と心の中で謝ってしまうような現実がそこにはあった。そんなめぐみにとってドーム住民が概念としての「ドーム住民」からアキばあさんやルミ達一人一人の顔に変わっていく日々を、めぐみと一緒に体感していける予感がそこには満ちていた。

クセ強なアキばあさんや聡明でかわいいルミと出会い、習志野ドームの慎ましくもクレイジーな暮らしに入っていくのが面白かった。今思うと最初は町の構造も分かってなかったし、新生活への不安が残るアウェイな気持ちだったのが懐かしい。

初めてミミズで魚を釣れたあの日。あかん懐かしい。初めて雑貨屋と会った衝撃も凄かった。居酒屋ノリのバー屋にちゃんこ屋ノリの氷菓子屋。CLANNADの春原のチャラ男版みたいなスクラップ屋に良い味出してるマセガキの斡旋屋。祈祷屋に天秤水平化屋に障子滑り良くさせ屋・・・次から次へと現れるすごい麻枝シナリオ住民っぽい○○屋たちがいちいち面白い。今となっては故郷のようなあのドームの全てが新鮮だった。

言葉では聞いていたセラフ放送の現場を実際に観られるのも感慨深かった。やはり顔は分からないように映しているというのが答え合わせになっていて細かい。そしてセラフ放送で茅森sideに切り替わった瞬間これまたやってくれた!!と唸らされた。

めぐみの一日一日と茅森たちの一日一日が交互に繰り返されるあのリズムの心地良さと、その形式でしか表れないコントラストの妙が本当に素晴らしかった。

茅森sideはいつものようにふざけつつも緊迫感の漂う作戦行動の日々であるのに対し、逢川sideは真夏の町で居候暮らしを始めるというKey作品の原点中の原点のような真新しい毎日で、AIR智代アフターやサマポケを愛する者なら誰もが郷愁を覚え涙の予感に包まれただろう。

朝が来て、毎日ちょっとずつ違うアキばあさんの朝ご飯を食べて、色んな○○屋と話して、ジュークボックスで(麻枝准の)音楽を聴いて(本当にありがたい)、釣りへ出掛けて、毎日ちょっとずつ違うアキばあさんのおにぎりを食べて、釣果を見せて、夜ご飯でルミが魚を食べてくれて、住民総出でセラフ放送を観る。一日一日を繰り返すごとにどんどん居心地が良くなって、繰り返しの日々だからこそ祭りの日は特別楽しくて。ルミの言うように、心を殺して働く平和よりもずっと生き生きと輝いた、ささやかで温かな幸せをここまで強く感じることが今まであっただろうか。めぐみがこのドームをいずれ去る日が必ず来るなんて信じたくなかった。

日々、めぐみの気持ちが少しずつ変わっていくのをじっくり感じた。アキばあさんの優しさを少しずつ分かってきて、ルミや人々を守りたいと思う気持ちが少しずつ大きくなっていく。初めは「しばらく世話になるドームだから」と自覚的に線引きをしている様子だったけど、家族になってからはそういったモノローグも減っていた。

そんなめぐみ自身が何も持たない加藤エリとしてイカ釣りから一つずつ愚直に試行錯誤し、家族や住民たちを想って行動を続ける姿に私の心も動かされた。こんなにも人想いで真っ直ぐな人だったと知らなかった。自信満々で戦い、ツッコミとサイキックとタマの教育(?)に明け暮れていたあの頃のめぐみしか知らなかった。イカつい口調に隠された優しさはアキばあさんにそっくりだ。タマたちはきちんとそれを見抜いていて、そういう仲間を失ってしまった。

優しい正義の持ち主だからこそいつまでも心が晴れなかった。セラフ放送を見て寝付けなかった。信号弾を見て一目散に駆け付けた。あんなに平和な日々を送れば送るほど「なんか、すまん」どころではない罪悪感に苛まれていった。

ルミを始め、壊滅したドームから命からがら逃れてきた住民もいた。アキばあさんも関西から避難を続けて千葉で生きている。めぐみは今までドーム住民の過酷な現実を知らないまま戦っていた。

一方でドーム住民たちはセラフ放送をエンタメとして楽しみ、過酷な状況さえ演出と思い込んでいる。軍が「次回、○○作戦。お楽しみに」なんてエンタメ仕立てにしているせいではあるが、生き残っている人類をパニックにさせないための策としては仕方がない。めぐみだけが両方の現実を知ってしまったが故にジレンマの中で苦しめられる。

プレイヤーの自分もヘブバンの戦争をゲームとして楽しんでいる。そして今現実で起こっている戦争についてもテレビやネットの画だけで情報として消費しているに過ぎないだろう。どんな過酷の中で誰が戦っているのか知りもしない。茅森sideと逢川sideが同じ一日のまるで違う有様を辿るように、向こう側とこちら側はいつも並行線を辿っている。

茅森sideは國見sideを内包してもいた。めぐみが加藤エリとして奮闘する間、タマはめぐみと断絶された世界で必死に戦っていた。めぐみを引き留められなかったあのトラウマ的光景はタマの記憶の中のトラウマをも密かに喚び起こし、茅森へと語られた。

おタマさんの心根の優しさは人魚のイベストでも印象深く、陰で健気に鳩を救おうとした過去は実におタマさんらしかった。それでもタマは戦艦指揮のためだけに生まれ、乗組員に思い入れることすら自ら律して戦いに身を投じてきた。その優しい気質を他者に向ける機会を自ら封じてしまっていた。だから軽口を叩き合いつつ自分を助けてくれたメインコンピュータの処分を見送った時、初めて湧き上がった自らの感情を理解することが出来なかった。タマはヒト・ナービィ化する以前から、他者を媒介したアイデンティティの確立が出来ない問題をずっと抱えていたとも言える。

その世界を初めて変えてくれたのが31Aであり、おいタマァ!とビビらせつつ何かと気にかけてくれるめぐみだった。感情を分かち合ってもいい仲間を得たことがタマにとってどれほど大きなことだったか。その今のタマにとって、めぐみを引き留められなかったことがどれほど悔しくて恐ろしいことだったか。

5人での任務を強いられる31A自体も、大っぴらにではないがずっと苦戦していた。蒼井を喪った後の31Bのような立場に置かれ、ビャッコとの協働も砂漠地帯に阻まれ、斬り込み隊の完全体の実力を発揮できないもどかしさがずっと漂っていた。プレイヤー目線でも5人で進む道中はしんどいものがあり、打属性デバッファーのめぐみがいてくれればどれだけ違うかと何度も向こう側のめぐみを想った。

しかも明らかにフラットハンドの比ではない威力のスカルフェザーとかいう絶望が現れた。31Aもタマも相当追い込まれ、それは習志野ドームで放送を観るめぐみの心をも追い立てていった。31Aは今でも軍全体から一目置かれる最強部隊ではあるが相当心配はされていただろう。だからこそ31Cも動いた。

そのような状況で色々な部隊と合同作戦に臨めたことは苦戦する31Aに新たな風を吹き込み、お互いを拠り所に戦う31Aの強みを再度自覚することにも繋がってとても良かった。名前を呼ぶだけで連携する31E、ティータイムで心を整える31Fなどその部隊ならではの戦闘スタイルや絆を目の当たりに出来たのはプレイヤーにとっても楽しいものだった。交流シナリオで一人一人が茅森たちを想って励ましてくれたりしたのもすごく温かかった。前回のフラットハンド戦もそうだったけど、主戦場に出る31Aや30Gだけではなくセラフ部隊が一丸となって戦っている。

めぐみはめぐみで、家族となったアキばあさんの孤立問題を抱えて戦っていた。自身も白い目で見られてきた難しい立場でありながら、住民一人一人と対話を試み続けるめぐみの健気な強さに胸を打たれる。分かって欲しいと切実に願うほどアキばあさんが温かな人であることは、一日一日を過ごしながらプレイヤーの自分にも十分伝わっていた。

汗だくになって血を流してでも届けたかった熱意がついに闇取引屋・小説屋を動かした瞬間のカタルシスは凄まじかった。(祈祷屋お前も凄いぞ) アキばあさんはいつかルミやめぐみのことすら忘れてしまうかもしれない、それでもアキばあさんのために陰ながら戦い抜いためぐみの強さ。

ランタン飛ばしの日、そんな予感はずっと漂っていたけれどまさかと思っていた真実が明るみになり、一人静かに泣くめぐみの姿に涙が止まらなかった。母にとって喪った娘の記憶を引き継いだ存在とは一体何なのか。アキばあさんは今年のお盆もあの子は来なかったと、めぐみがどこかで生きていることを直感している。だが、母としてのアキばあさんの記憶を持つめぐみは隣に帰って来ている。自分がめぐみだなんて言えないまま。

タマもまた、めぐみに誇れる自分であろうともがき続けていた。めぐみを引き留められなかったトラウマは虎徹丸のメインコンピュータがくれた「やれることをやったのだから胸を張っていい」という言葉によって救われたけれど、めぐみの電子軍人手帳を胸を張って渡す日のために今やれることを全てやらなければというプレッシャーは自らに課したままだった。いつもはぎぃやぁぁああ!なおタマさんだが、元々艦長として責任感の強い気質なのだろう。

茅森も心配していたように、積極的に買い物大会や決起会を主催するタマなど今まで見たことがなく、戦闘でも毎回のように前へ出ようとする危うさがあった。タマがこのまま殉職してしまうんじゃないかと少しだけ思い始めた。それを守れるとしたら、やはり救世主しかいない。

終わりが来るとは分かっていたけれど、Day14が最終日と分かって本当に寂しかった。Day7くらいからもうずっとこの日々を続けたいと思い始め、少しだけペースを落としたりしたが結局物語の駆動に乗せられて読み進めてしまった。プレイヤーとしては最後になると分かっているルミとの釣りが信号弾で終わりを告げた時、そうだ、幸福な日常は突然終わるのだと辛辣に突き付けられた。

誰も太刀打ちできそうにない中型キャンサーがとうとう現れてしまった。どうにか出来るとしたらキャンサー追い返し屋もといサイキッカーで元セラフ部隊の自分しかいない。毎日のように交流したり、アキばあさんのことで対話した住民たちが、この生活を捨てるかどうかの瀬戸際に立たされている。全て失ってここに来たルミやアキばあさんが、また全てを失ってしまうのか。

14日間私が見て来た逢川めぐみはそこで何も為さない人ではなかった。フラットハンド戦で皆を失いかけ、救世主ではなかった現実に打ちひしがれ、加藤エリとしてリスタートした、今はセラフも持たないただのサイキッカーのめぐみ。目の前の老いた母に逢川めぐみだと言い出すことが叶わないめぐみ。逢川めぐみなのか加藤エリなのか、自分が誰なのかさえ分からないめぐみ。だけどそんな全ては消し飛び、今ここにあるのはルミたちの日常を守りたいという強い感情だけで、そのたった一つでめぐみは敵うか分からないキャンサーに対峙できる。

ずっと見失っていた自分という存在に明確な輪郭を与えてくれたのは、かつての逢川めぐみの記憶から生まれた訳ではない、加藤エリとしての振る舞いでもない、今の自分から生まれた新しい願い。自分が戦場で何を守ってきたのか、その先にどんな人たちがいたのか目の当たりにした今のめぐみだけが持ち得た戦う理由。

爆ぜろ!と渾身の一撃を放つめぐみを見ながらもうボロボロに泣いた。アイデンティティの根幹を折られためぐみが一人苦しみ抜いたのは全てこの瞬間のためで、救世主という予言は本物だった。良かったね、頑張ったね、と娘を見るような目で頷いてしまう。めぐみを鼓舞する○○屋たちも本当に熱くて、不安がる男どもを嗜めて発破をかける闇取引屋と小説屋の姿に涙が止まらなかった。このドームで家族として過ごせた14日間はめぐみにとっても自分にとっても宝物だった。

ヘリから降りてきたのが山脇様と分かってほっと力が抜けるように涙が湧き出た。恩義のあるめぐみが仲間で在り続けることを信じ、前線に立つ31Aに代わって探し続けていたのだろう。(ぜひイベストで描いてほしい) 戦う理由となる願いをはっきりと自覚しためぐみがそのヘリに乗らない理由はなかった。31Aが5人でもどかしさを感じてきたのと同じくらい、キャンサーと戦う力を失っためぐみの中にももどかしさがずっとあったように見えた。守れる力が本当はあった。今度はそれを「人類」や「ドーム住民」ではなく、幸せを願う一人一人のために。

突然の別れを受け入れざるを得なかったルミは最後まで聡明に、カトエリを逢川めぐみの使命へと送り出した。めぐみが最後まで生き残ってキャンサーを殲滅したとしても、見た目の年齢がいつまでも変わらないめぐみが再びルミと会えるかは定かではない。毎日釣りに出掛けて、一緒にご飯を食べて、ノリのいいルミと住民の会話を聞いて過ごしてきた。キャンサーが出るたびにルミを守ろうとした。ルミのためにもアキばあさんに向いた誤解を一人で解いて回った。そのルミのためだから、戦いに戻らなければいけない。

アキばあさんとの最後の別れは意味が分からないほど泣いた。初めて会った日から毎日毎日謎の荷物を背負っていたアキばあさんが、めぐみの好きだったジャングルジムを組み立てて帰りを待ち続けていたなんて、そんな・・・。タマたちもめぐみの帰りを信じているけれど、アキばあさんは引き留められなかった娘を30年以上待ち続けている。明らかに母と同じ記憶があるのにそれは自分やと言えないめぐみの気持ちを思うと胸が張り裂けそうになる。

どうしたって「あの子」と自分は違う存在だから、「あの子」に伝える言葉を預かることしかできない。その母の愛はたった今、隣にいるまさに「あの子」の続きを生きるめぐみに、長い長い時を経てようやく届いた。真心を手渡された毎日の記憶と共に、アキの娘である誇りをルミに託し、めぐみは家族から独り立ちする。

いよいよ比叡山決戦に臨む31Aは30Gと共に苦しい戦いを強いられていた。プレイヤーとしても相当苦しい戦いだった。凍りつく世界であと何度戦えばいいのか。あんな奴に本当に勝てるのか。それでもプレイヤーである自分は救世主がヘリでこちらに向かっていることを知っており、その瞬間を祈るように待っていた。

30Gと二手に分かれる時、ユイナ先輩とはこれで最後なんじゃないかと不安がってお礼の言葉を伝える茅森が切なかった。離れているけれどRINNNEで繋がっていたユイナ先輩は、31Aやユッキーとはまた別の心強い存在として茅森を支えてくれていた。

まさか本当にユイナ先輩を失うことになるのか。不安も大きかったがプレイヤーとしてはがむしゃらに戦いを進めるしかなかった。正直、手持ちの白河部隊ではどうにもできず一度ゲームオーバーして仕切り直すしかなかったが、ゲームオーバーはあの3章のフラットハンド戦以来でむしろここからが本番だと気合いが出た。二部隊戦により31Aばかり育成してきたことが裏目に出てしまったがメタ的にも31Aの特別な強さを実感できた。しかし、めぐみがいれば。

なんとか厳しい連戦を潜り抜けたがスカルフェザーが砕けることはなく、30Gも取り残されたまま強大な追撃を受けようとしていた。撤退も出来ず追い詰められた状況で囮として無茶に飛び出すのは、やはりタマだ。

おいタマ、もういいんだ、もう十分頑張ってる、命を張らなくていい、救世主にならなくていい、めぐみだって君を認める、だからこんなところで死ぬな!

スカルフェザーが目と鼻の先に迫る絶対絶命の中、落としてしまっためぐみの電子軍人手帳に手を伸ばすしかないタマ。手を伸ばしても虎徹丸は帰ってこなかった。今度は自らの命ごと、めぐみへの誓いを失ってしまうのか。

救世主の声が響いた瞬間、嗚咽が止まらなくなった。めぐみは必ず帰ってくる、それは誰よりもめぐみを信じて待つタマの救世主として帰ってくるに決まっていた。待ち焦がれたその瞬間の情動は言葉にならないものだった。

こんなにもめぐみが頼もしく見えたことがあっただろうか。茅森たち一人一人が答えを見つけて立ち上がったように、めぐみだけにしか出せない答えを抱いて「逢川めぐみ」をもう一度歩み出しためぐみは、心が折れて逃げ出したあの日のめぐみじゃない。斬り込み隊の名を完成させる最後の救世主様や。

6人の31Aでスカルフェザーを倒しにかかる。プレイヤーとしてもついにめぐみを編成した6人で戦える。やっと。ラストバトルだというのに号泣しながら、なぜか幸せに満たされるような穏やかな気持ちで戦った。6人で戦えることが嬉しかった。完全体の31Aならスカルフェザーなんかどうにでも出来ると知っていた。最後の死戦なのに、祝福されたエキシビジョンのようだった。

スカルフェザーを倒せた瞬間の解放感ともまた違う静かな歓びは格別なものだった。14日間の長い長い二つの物語がついに交錯したフィナーレ。帰りをすんなりと受け止めてくれる茅森たちと、泣きながら今日までの想いをぶつけてくれるタマ。ルミたちとは離れ離れになってしまったけれど、31Aの仲間もめぐみにとってかけがえのない居場所をくれていた。

めぐみへの想いと向き合い続けてようやく記憶の中の虎徹丸に向き合えたタマは、もう戦艦指揮のために生み出されたデザイナーベビーではなく、國見タマという感情を持つ人間だった。虎徹丸を失った時だってタマには感情があった。感情移入を禁じ続けて生きていたとしても確かにそこには絆があった。気付いたところで虎徹丸は帰ってこないけれど、めぐみは帰ってきた。

過去のめぐみを待ち続けていた母と、今のめぐみを待ち続けていたタマ。めぐみが今の逢川めぐみとして帰るべき場所はタマの元だった。もうどこにも行かへんとタマを抱き締める腕は、自分が守ると誓ったルミを抱き締めた腕だ。忘れられない贅沢な感情を胸に、めぐみはその腕で守るべき全てを守っていく。めぐみを取り戻した31Aと、それぞれの強さを持つ部隊の皆で人類の営みを取り戻す。めぐみは決してこの戦譚から弾き出されることはなかった。

全てを終えて帰還した31Aの部屋にめぐみもいて、6人がShe is Legendとしても復活するのは夢のような光景だった。いつもは殺伐とした歌詞のシーレジェだけど、新曲の歌詞はめぐみとルミ、めぐみとアキ、めぐみとタマが向け合う想いを歌っているようで涙が止まらなかった。習志野ドームにもこの歌がきっときっと届いただろう。こんなにも大団円な結末が待っているとは、めぐみがヘリで行ってしまったあの朝には全く想像できないことだった。

めぐみよ、31Aよ、これから先どれだけ高い障壁が待ち構えているか分からない。最強部隊の31Aとはいえ永遠の別れを避けられるとは限らない。それでも、それよりもっと高い壁を君たちは既に乗り越えている。真実を知っても、信じられないような強さで互いを思い、自分として生きて戦っている。私もドーム住民同様、君たちの戦いを画面越しに見ていることしか出来なくてすまないが、人類の命運を君たちになら任せられると信じる。めぐみの過ごしたかけがえのない夏と、31Aが辿ってきた激動の日々を抱いて、まだ名残惜しいけれど私も先へ進む。

ヘブバン[断章I]感想

 

ヘブンバーンズレッド メインストーリー断章 遠い海の色 ネタバレ感想

 

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

アイデンティティを喪った時どう自分を取り戻せば良いのか。第四章前編で31Aそれぞれが月歌の前向きさに導かれたり、お互いがお互いの理由になったり、ついに心が折れて戦線を離脱したりしてきたけれど、今度は石井色葉という人格でそれを掘り下げるシナリオだった。この試みというか流れはすごくいいなあと思う。全隊員分やってほしいくらい。

色葉が真実に気付いてしまった様子は4章前編で伺えていて、「色が見える」色葉がそんな世界に放り込まれて大丈夫かと心配していたけど全然大丈夫じゃなかった。大丈夫じゃない色葉を、めぐみを失って大丈夫とはいえない31Aが救い上げられるかこれまた心配だった。

でも31Aは思ったより強くて、いつも通りのバカ騒ぎで段々色葉も元気になっていったし、相変わらず月歌も人の心に寄り添うのが上手かった。ただ月歌の力だけでは色葉の世界に色は戻らず、決定打となったのがカレンちゃんだったのには意表を突かれた。

カレンちゃんが殆ど初めて本音を叫ぶシーン、なんかもう構えていなかった分勝手に涙が出てきて止められなかった。芹澤優さんの名演も名演すぎて(某Key作品の緑川光さんの再来かと思った)一言一言が突き刺さる。手を汚さない可憐がちやほやされる陰でたった一人殺しの刃を磨き、美学で自分を支えながら普段は狂人の振る舞いで孤独を貫いてきたカレンちゃんの長い葛藤の歴史が雪崩れ込んで来る。オイオイ泣いていたらつかさや月歌が泣いていて、そりゃ泣くよね、ともっと泣いた。

カレンちゃんが色葉にシンパシーを抱いたのは、色葉が他者とは違う色覚の世界を生きながら「自分にしか理解できない自分の美学を孤独に極める者」で、だからこそ普段は傾奇者としての鎧を纏っているところも似ていると感じたからかもしれない。自分と同じような茨の道を歩む者がいた。なのに色葉がアイデンティティを喪って力尽きようとしていたからカレンちゃんは怒ったし嫌だったんだろうな。自分が必死で貫いている傍で美学を捨てる人間を見るのは。

美学を貫くには孤独が必要で、そのたった独りの自分が崩れてしまいそうだと立ち止まっているのは一番醜くて、今ここでしゃきっとせい!とカレンちゃんは何度も色葉を鼓舞している。色葉にとっても、自分と似たような仕方で世界と対峙している者がいたのだと分かった上で魂の底から励まされてしまったら、恐れを捨て、目を背けるのを止め、過去を見つめることで今を塗り替え直すしかなかった。あの日の海に向かって最後に背中を押してくれたのはカレンちゃんだった。

本当は母も自分を愛したかったこと、母も世界を救おうとしていたからこそ今の自分が在ること。それを思い出すことが色葉の海を色付けた。最後に色葉が描いた絵の、初めて見る色葉の絵の美しさにまた泣いてしまった。(色葉の言葉に泣きながら麻枝さんの『僕らの海』が脳を掠めてまた泣く) 色葉はたった一人真実を胸に秘めながら、31Dではこれまで通りの明るさで芸術を爆裂させていくのだろうけど、その孤独を別々の場所にいるカレンちゃんや31Aと分け合えたら、封じ込めるのをやめた母親の記憶を誇りに思えたら、31Dで新しい海を目指すなら、きっともう色を見失わないだろう。

31Aは31Aで本当の本当は大丈夫じゃなかったところを、色葉を励まそうとすることで救われたり、新しい色を見せてもらえた。だけど...読み手としてはいつもの31Aっぽいイベントにことごとくめぐみがいないのが結構辛かった。相変わらず"月歌ユキ"と"かれつか"の絆が強調される分、タマがやらかした時にめぐみが助けてもツッコこんでもくれないことが寂しかった。そしてカレンちゃん、あんたなら、一人孤独に救世主たろうとするめぐみを分かってあげられたんじゃないのか?と思ってしまう面もある。

まあそれは四章後編に持ち越しとして...石井色葉とカレンちゃんの掘り下げとしてすごくいい断章だった。音楽も流石に凄い。かわいい部屋着の色葉や、色を取り戻した瞳の輝きも良かった。あと最近熱海に行ったばかりだったから、海辺のホテルが荒廃したビーチの光景にリアルな感傷を抱いた。海は月歌にとってもキーとなる記憶だっただろうから月歌自身の掘り下げにも繋がるのかなあと期待&怖さがある。

そういえばキャンサー戦はぬるっと終わっちゃった感あるけども、覚醒状態のつかさでウォーイェイ!したらシリアスな口調でのウォーイェイになってて芸の細かさにビックリした。色葉はSSが引けずSで挑んだけど逆に序盤の実力差っぽいものを実感できて良かった感...。終わった今だからこそSS石井色葉欲しい!!!(ストーリーと販促の噛み合い方が凄い!!!)