Key作品の感想など

ヘブバン[第四章前編]感想

 

なんて作品だ・・・

 

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以下ヘブバン[第四章前編]完全ネタバレ。

未読勢は去られよ。

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ラストシーンが脳に突き刺さったまま無理やり眠り、目覚めても現実が変わらなかったことに絶望した。酷暑の朝を歩きながらヘブバンの曲を聴く選択肢しかなかったが、どれも四章前編を過ごす前とは全く違う歌のように響いた。

自分が自分であるというアイデンティティの核、あるいは生き続けている理由、戦う目的、確固たる自信の源。そういうものが一人一人にあって、それがなければ人間は人間として生きていけなくて、それが根本から折られた時人はどうやって自分を支え直すか、あるいはどうやって完全に折れてしまうか、茅森たち一人一人の悩む姿に見せつけられた。

画面のこちら側で自分は人間だと思い込んでいる私でも、「世界五分前仮説」のように私の過去が作られた記憶ではないと証明することは出来ず、そのような揺るぎ方ではないにせよアイデンティティの根幹を剥奪されるような出来事は現実に起こり得る。

そうなった時自分はどうするのか。そうならなくたって今の自分がこの世界で死なずに生きているのは一体何のためなのか、足場を外されるようにふっと分からなくなる感覚があった。茅森達のように仲間=他者との絆を拠り所にするのが人間を最も強く生へと駆り立てるのだろうか。

逢川めぐみは一切の自信を持てない思春期を経てサイキッカー少女として世間の喝采を浴び、そこでようやく得られた自信はサイキッカーとしての無能さを突き付けられることで粉々に砕かれた。当人にとってはとても惨めで、自己肯定感の欠片も残らないくらい削られる日々だったと思う。

そこに突然渡された「救世主になる」という予言が、本当にたった一つの光として、自分が自分として自信を持って生きていくためのたった一つの理由としてめぐみを救ってしまった。スター部隊である31Aの仲間に囲まれながら死線をくぐり抜けて来られたのも本当にそれだけが理由だったのだと思う。どんな瞬間も自分が「救世主様や」と信じられることが、それ以外何もないと信じるめぐみにとっての生命線だった。

そのたった一本の生命線が切られてしまったこと。救世主は自分ではないと知ってしまったことがめぐみの存在理由を粉々に砕いてしまって、救世主逢川めぐみではない自分が一体誰なのかもう分からなくなってしまって、軍の道具として戦わされる茶番に乗る意欲などどこからも湧いて来なくなった。

それでも茅森の言葉で見つけた、今のナービィの自分こそが救世主なのかもしれないという最後の希望も、鼻血を出して倒れた瞬間消え去ってしまった。めぐみの活躍でフラットハンドが倒れたのは事実だが、めぐみが倒れた後鎖の再射出が間に合わなければ全部隊全滅の可能性があったのも事実で、それはめぐみの信じてきた「救世主」の姿ではなかったのだろう。

茅森・タマにとってもプレイヤーにとっても、めぐみは何も相談することなく突然道を選んだように見えたけれど、めぐみは13日間ずっと黙って道を模索して、最後の一日に賭けていたのだろう。13日間ずっと抑えたような声で言葉少なだっためぐみが泣きながら溢した「心が折れた」「救世主になりたかった」という本音に涙が止まらなかった。

月歌達5人が互いを根拠に前を向く決意を導き出せた一方、めぐみにとって31Aが拠り所になれなかったのではなく、無力な自分が仲間を死なせてしまうことを心底恐れるほどには愛していて、だけど自分は「そっち側」で笑うことはもう出来なくて、だから道を分つ決意が出来てしまったのだろう。そんなめぐみを止めることは、希望もないのに人類のために戦わせることはとても出来ない。

それでも私には、私達には、世界の救世主ではなくて、共に生き共に戦う仲間としてのめぐみんが必要だった。この思いは四章後編でもしかしたら届くのかもしれないし、届かないままを描き切る器もヘブバンにはある。

もし私が逢川めぐみだったら。もし私がコピーされた人格だったら。もし私が人間じゃなかったら。そして今を生きているこの私は。
答えが出る問いではないからこそ、持ち続けて生きなければならない。自分の存在理由に真剣に向き合わなければこの物語を読んで行けない。四章後編に向けてゲームの戦力を拡充するのも大事だけど、同じくらい気合いを入れて自分という存在とこの世界との関わりを自分なりに深く哲学しなければ、彼女達の思考に、その奥にいる作者の思考に肉薄することが出来ない。そんな気がする。

ゲームとして、バトル設計も新フィールドもミニゲームも絵もアニメーションも交流シナリオも音楽も、関わっている全てのセクションの方々が気合いに満ちていることがひしひしと伝わってきた。物語の強度が根幹にあって、本気で届けないといけないと思えるからこそ延期してでも最高のものに仕上げるし、鬼のように広告も動かしているんだなと肌で納得した。このチームがクライマックスのその先まで満足いく形で走り抜けられるよう必死で課金していく。

以下雑感。

・またフラハン...と鬱になったけど、三章の苦しい記憶があるからこそ、しっかり作戦立てて全部隊の総力戦で前回より楽にフラハン倒して生還できたのが本当に胸熱で泣いた。

・色んなキャラ育てて準備してきたのにいざ本編来たら31Aしか使う気になれなかった件

・異様なクオリティのミニゲーム

・月歌ユキ結婚おめでとう
・かれつかの新たな関係性が新鮮で尊い

・可憐ちゃんの過去がエグすぎて泣きたい

・基地でおタマさん操作できるの楽し

・「天才歌手」を描写する漫画や小説は多いけど、月歌は実際の歌声にも作詞作曲にも本物の才が使われているからこそ説得力が半端ない

・石井色葉にはどこまで見えているのか。だーまえがシナリオ書いているご様子もあったし楽しみだけど辛そう...

めぐみんダンジョン中のボイスまで全部録り直してて尋常じゃないものを感じていたけど、それが「死」ではなくああいう形に帰結するとは全く予想外で、ノーガードのところにクリティカルを喰らってしまった

・一つの事実によって世界が反転し、ギャグだらけの序盤がどれだけ尊かったか思い知るこの感じ、正統派Key作品だ

・大病からの帰還後、ヘブンバーンズレッドを書きながら恐らく同時期に『神様になった日』『猫狩り族の長』やSatsubatsu Kidsの楽曲を書いていた麻枝さんが、生きるということ、生かされるということにどれだけ切実に向き合って魂をぶつけて来られたのか伝わってきて...

・最後の朝司令官室に向かいながら流れてくる歌、イレギュラーすぎてとにかく取り返しのつかないことが起こってしまったと一瞬で悟らされて、事情が分かる前から涙出て来て、事情を知った瞬間胸に突き刺さって、完全にやられた。ヘブバン史上最高の演出だったかもしれない。

・ヘブバンは麻枝准の最高傑作を更新する可能性が非常にあり、ゾクゾクする